岡村 昭彦 OKAMURA Akihiko
(街・新宿) (日本通運)
佐藤 元洋
東京都写真美術館
春はやみ
スペース・サイクロイド
松村 泰三
図書資料
作家不詳
(新宿) (ガラスの映り込み)
(新宿) (マネキン)
幻灯写し絵
日本放送協会
(新宿) (白い矩形)
1970年1月、ビアフラの指導者オジュク将軍が亡命してビアフラが崩壊、ナイジェリア内戦が終わった。3月にソコト川で行われた漁業の終わりを記念する「魚祭り」での風景
岡村 昭彦
フランス領であるマルティニク島の公用語はフランス語である。街角の映画のポスター
Vietnam 南ヴェトナム政府軍によるラオス侵攻作戦。ラオス国境から25キロほど進んだ地点で、装甲車部隊は地雷原に触れて大音響とともに爆発した。その瞬間装甲車からたたき落とされた兵士が、手榴弾銃を右手に膝をつき、さらに左奥では負傷した兵士たちが抱き合っていた。-この連続写真の1枚が『LIFE』1971年3月12日号の表紙となった
通学中の子どもを警官が誘導する
急ごしらえの食卓で食事を楽しむ政府軍の将校たち
解放戦線の直接取材などによって危険人物とされた岡村は、南ベトナム政府から5年間の入国禁止処分を受けた。処分がとけたのち、1971年に南ベトナム政府軍によるラオス侵攻作戦の地上からの従軍取材を試みる。枯葉剤の散布により裸になったジャングルを進み、ベトナムからラオスへ入っていく。中央は、弾薬を空輸する大型ヘリ
ラオスを脱出してケサン基地まで引き揚げてきた南ベトナム政府軍兵士たち
国際赤十字医療団の女医と子どもたち
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