岡村 昭彦 OKAMURA Akihiko
ある映像
佐藤 元洋
東京都写真美術館
(新宿) (白い矩形)
春はやみ
『記録』第5号
森山 大道
(新宿) (歩道の白線)
(12年目の6・15) (デモ)
Vietnam 南ヴェトナム政府軍によるラオス侵攻作戦。ラオス国境から25キロほど進んだ地点で、装甲車部隊は地雷原に触れて大音響とともに爆発した。その瞬間装甲車からたたき落とされた兵士が、手榴弾銃を右手に膝をつき、さらに左奥では負傷した兵士たちが抱き合っていた。-この連続写真の1枚が『LIFE』1971年3月12日号の表紙となった
岡村 昭彦
米軍のポンチョに包まれた政府軍兵士の遺体
南ベトナム解放民族戦線の中央委員会との接触を試みた岡村は、「Dゾーン」(サイゴン北方にある解放戦線が支配する危険区域)のジャングルで捕らわれて53日間の捕虜生活を送ったが、43日目に解放戦線副議長フィン・タン・ファットとの会見取材に成功した。ファットは1969年に臨時革命政府の首相となる
最前線の司令部に派遣された米軍の軍事顧問は夜遅くまで働いていた
牛市の風景
引き揚げられた犠牲者の遺体が棺桶に入れられて運ばれていく。全日空機羽田沖墜落事故
「ボグサイドの戦い」のカトリック側の中心人物のひとり、大学生で英国議会議員のバーナデット・デヴリン
Vietnam 全身にやけどを負った戦場の子ども。戦争は木を家を街を、そして、いたいけな子さえも焼く
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