夜の闇に白梅が芳しく咲き、寒さを凌ぐために厚着をした女性たちが観梅に集う。彼女たちの背後には、江戸第一の名木と謳われた臥龍梅(がりょうばい)。あたかも龍が地に伏せたような見事な枝振りに、徳川光圀(みつくに)が名付けたといわれている。臥龍梅が咲く亀戸梅屋敷は、江戸で一番の梅の名所とされた。もともとは、当地の伊勢屋彦右衛門の別荘「清香庵」で、何気なく植えた梅樹が世にも珍しい形に育ったことで、光圀の来訪を得たという。園内には数万株の梅樹が植えられ、開花の季節には江戸中から訪れた人々が園内の縁台に腰掛けて観梅を楽しんだ。明治時代に入っても人気を博したが、1910年(明治43年)の隅田川の氾濫時に浸水し、廃園となった。
- 所蔵館
- 江戸東京博物館
- 資料名
- 亀戸梅屋敷
- 資料番号
- 93200007-93200009
- 小分類
- 版画
- 種別
- 錦絵
- 作者(文書は差出人)
- 歌川広重(2代)/画
- 発行所(文書は宛先)
- 山城屋甚兵衛/板
- 年代
- 江戸末期 嘉永5年9月 1852 19世紀
- 員数
- 3枚続
- 江戸博デジタルアーカイブズ
- https://www.edohakuarchives.jp/detail-9009.html