宮武 東洋 MIYATAKE Toyo
(12年目の6・15) (プラカードをもった人々)
佐藤 元洋
東京都写真美術館
(12年目の6・15) (デモ)
春はやみ
(新宿) (白線と影)
想像力の問題
(街・新宿) (車と白線)
マンザナー収容所 収容所の生活は楽ではなかった。美容院で髪を洗ってもらうことは、女性にとってよい気分転換だった。洗髪は1ドル、パーマは2ドル、美容師の月給は16~19ドルだった。
宮武 東洋
マンザナー収容所 小学生
マンザナー収容所 夕焼けの中、三輪車に乗って遊ぶ宮武東洋の子供ふたり。
マンザナー収容所 マンザナーコープ(共同事業)社の共同事業のひとつに魚屋があった。アメリカ政府支給の魚は日本人の口に合わず、開戦まで漁業に従事していたイツ・ヤマモト氏が週に2回入手して魚屋をひらいた。左から4人目がヤマモト氏。
Manzanar Relocation Center (新生活相談所)
マンザナー収容所 収容所入口の看板。マンザナー戦時転住所。
マンザナー収容所 収容所用地を囲む境界線の看板の前に立つ保全班。かれらの仕事は境界線周辺の整備と柵や建物の修理であった。
マンザナー収容所 バトントワラーになるのを夢見て練習する子供たち。収容所の中であっても出来るかぎり、こどもたちには普通の生活をおくらせる配慮がなされた。
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